何度も通って馴染みになると、銀座の人情がわかって病みつきになるんです

「最近は銀座で遊ぶ作家の方も減ってきたせいか、文壇バーも少なくなってきましたね。ひと頃は私と同じ『眉』出身の店だけで40軒ぐらいありましたが、今は10軒もありません。でも、いまだに『眉』時代のお客様が来てくださって、芥川賞や直木賞の受賞パーティーもうちでやってくださるんですよ」

吉行淳之介、松本清張、井上靖、源氏鶏太、川上宗薫、五味康祐、さらには画家の岡本太郎。現在は「ザボン」を切り盛りしている水口素子ママが、「眉」での修行時代に出会った錚々たる面々である。昔は遊ぶどころが少なかったこともあって、銀座と作家は切っても切れない関係にあった。

「一番の思い出深いのは、紀伊国屋書店の田辺茂一さんですね。とっても面白い方で、地方の講演会があるときなど、よく鞄持ちをさせていただきました。当時はそういう機会が多かったんですよ。財界人の別荘やお屋敷に呼ばれて、お掃除のお手伝いもしたことがあります。今はそういうことをしなくなりましたけど、昔の女性はそこでいろいろなことを仕込まれたんです。もちろん、今もお店の中のおつきあいで、いろんなことを教わっています。とくに作家同士が作品について議論なさったりしていると、聞いているだけで勉強になりますよ。テープレコーダーがあったら録音しておきたいような会話がたくさんありました」

なかでもママにとって印象深いのは、野坂昭如と評論家の粕谷一希が吉田満の『戦艦大和ノ最後』をめぐって議論を始めたときだという。「野坂先生は『あの戦争で死んだ人は犬死にだった』とおっしゃったんですよ。でも粕谷さんは『いや犬死じゃない』とおっしゃって、ほとんど喧嘩腰の激論になっていました。でも、どちらのおっしゃることも本当に良いお話なので、感動しながら聞いていましたよ。野坂先生は『眉』のころからのおつきあいで、銀座を歩くときはいつも私がガードウーマンとして一緒に歩いていました。酔っ払いにからまれたりすると、危ないですからね。編集者の方と同じような気持ちで作家の方のお世話をするのが、私たちの仕事なんです」

文壇バーにとって、作家は単なる客ではないのだろう。そこには仲間内の連帯感のようなものがる。

たとえば作家がポケットマネーで遊ぶときには、「学割」と称して安く飲ませることもあったそうだ。

「もちろん接待のときは正規の料金をいただきますけど、編集者の方も個人で飲まれるときは安くしてさしあげます。そうやって持ちつ持たれつの信頼関係を築いてきたから、長続きしているんじゃないでしょうかね。それに作家の先生方はホステスを育ててくれるんです。男女のことでも社会のことでも、いろいろなことをご存知なので、お話しているとすごく勉強になるんですね。政治や経済の難しい問題も喜んで教えてくださるし、吉行淳之介先生なんかは、お店での作戦までアドバイスしてくれました。ついてきたホステスが別のお客様のところへ移るときに、『あの客は素人のお嬢様風で行け』とかおっしゃるんです。それがまたよく当たるんです。」

その一方で恋愛や金銭にまつわるトラブルもないわけではない。しかしそれも店と編集者が連携して対処し、作家の名誉に傷がつかないよう処理してきたという。

「そういう場面でも文壇バーは使いやすいんじゃないでしょうか。そういう義理と人情があるのが、銀座のいいところですよね。たぶん、初めて来た20代や30代の方にはつまらない場所だと思いますけど、何度も通って馴染みになると、その人情味がわかって病みつきになるんです。うちは通えば通うほど『学割』でお安くなりますから(笑)、若い方にもどんどん来ていただきたいですね」